ピョンとララの花*花猫日記// 手話でララ君とお喋り、奮闘中!
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2014/04/02 (Wed) 櫻子ちゃんは、逝ってしまいました。

もう2日になってしまったけど、3月31日の夜、急に姉は逝ってしまいました。
私の身体も限界で、30日の日、またたおれてしまった。頭痛と冷や汗と嘔吐で声を出すのもしんどいほど疲れきってしまった。姉が家に戻ってから6日間、ほとんど寝ていなかったから・・・。それでもやっぱり夜は、いつものように添い寝してあげて、何度も吸引をしてあげた。でも、「ようこちゃん、疲れちゃった〜〜。もう限界かな〜〜」なんて事を言ってしまった私。本当はもうとっくに限界は超えていたのだけど・・・気力でやっていて・・・倒れてもいいよと言われたら、いつでもすぐ倒れるような状態だった。
そう、それで、私の事を思って、次の日、突然に逝ってしまった。
私、吸引してあげるのも手が上がらなくて必死だったし、本当に限界だった。

姉の顔は、とても、とてもきれいな顔で、微笑んで眠っているようにみえました。死んでしまったけど、まだ死んでしまったとは思えなくて、私の気持ちは、ようこちゃんの魂と一緒に、この部屋の中をふわふわ浮いているみたい。
今だって、いつものようにベッドで寝ているけど、今日は服を着て、その上に重たい重たいドライアイスがのっていて、お花に囲まれている。
・・・・・・
今日は、たくさんの人が会いにきてくれた。
ラブワンの岩田さん、金井さん、お二人にはいつも無理を聞いてもらい、深く感謝しています。リハビリの先生には、退院してきた日と最後の日と両方来ていただいて、ありがとうございました。お隣のママと愛ちゃんと美知子さん、ようこちゃんのために、素敵な白い花束をありがとう。枕花、・・今日、その言葉知りました。ママには前の日も、果物を私のために差し入れしていただきありがとう。
訪問看護婦の平野さん。本当は、昨日は平野さんに、最後のようこちゃんの事やってもらえたらよかったのになあ〜〜。でも、今日、少し顔のお化粧直してもらったから、よかったあ〜〜。ありがとうございました。
そして、もやいでもお世話になり、その後は相談員としていつも助けてもらった萩原さん、夕方色々ようこちゃんの昔話をして楽しかった。泣いたり笑ったり・・・。
そして今日最後に来て下さった、もやいで一番お世話になった矢代さんと龍村さん、ようこちゃんをたくさん、たくさん、可愛がってくれてありがとうございました。かわいい花束も、お菓子もありがとう。私とようこちゃんの二人にとって、一番仲良しの二人でした。みんなに愛されて、ようこちゃんは本当に幸せ。そして君には超優しい、私みたいな出来のいい妹を持って、君は本当に幸せ者よ。今度生まれてきたとき、私に恩返しするの忘れちゃだめよ。

そしてあらためて、ようこちゃん、私はあなたと姉妹であったことをとても誇りに嬉しく思っています。今振り返り、あなたと過ごしたとても大変な日々は、かけがえのない大切な宝物のような日々になりました。あなたがいてくれたおかげで、私は今の私があります。本当にかわいくて、やさしくて、心のきれいなようこちゃん、今までありがとう。心の底からありがとう。これからは、空の上からいつも私の事、見ていて頂戴ね。

大好きな私のお姉さま、櫻子さま。やすらかに眠ってください。×××

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ダウン症の姉 | comment(0) |


2014/03/26 (Wed) 家での最後の看取り

昨日、姉を病院から家に戻した。酸素マスクをつけ、ストレチャーで・・・・。
今までは、退院する時は車いすで私の助手席に座り帰ってきた。
でも今回は、最後の時を家で迎えるため、・・・・・・。
姉は、病院にいる時よりもずっと穏やかな顔で眠っている。
私の介護が一番だから。
でも、自宅で最後の時までを見守り看病するのは、考えていたよりも心がずっとずっと大変なことがわかった。
覚悟ができているといっても、頭で理解している事と、心の思いとがかけ離れすぎている。
とても強い心を持っていないと、感情に押し流されてつぶれてしまいそうになる。
今日も、ケアマネさん、訪問看護の看護婦さん、ホームドクターと点滴の事でずいぶん話をして、色々自分に言い聞かせてみたけれど。辛い。

姉は、62歳のダウン症です。髪も白髪は本当に少なく、顔もつるつるできれい。手だって、ちっちゃくて、白くって、すべすべで子供ような手をしている。おばあさんの顔はしていない。
でも、逗子で一番高齢のダウン症。その下のダウン症の子は、50歳。
歯も、1本抜いたけど、あとは全部自分の歯。病院の先生にも、こんなに状態のいいダウン症の子はいないと言われている。
その彼女が、あと1週間か2種間か、もしかしたら5日か・2日後かもしれない・・・・・死ぬ。
自分の手の中に、彼女の命がある感じがして、それを一人で見守っているから、怖い。
病院は、彼女の命は先生に預けている。それが病院で死ぬ事と、家で死ぬ事の違い。

昨日は添い寝して、ほとんど眠っていないので、今日は夜中もつかなあ〜〜。
吸引と体位変換とその他色々。
頭が馬鹿になっているので、支離滅裂な文章。

もう彼女のためにやってあげられる事は少ししかないけど、どうぞ今夜も静かな穏やかな眠りを彼女に与えてください。
痙攣が起きませんように。

ダウン症の姉 | comment(0) |


2014/03/21 (Fri) ずっとずっと、介護してきたけれど・・・

前にブログを書いたのが、2年ぶりと書いてあったけど、それからまた1年と3ヶ月・・・が経ち・・・
ずっとずっと姉の介護をやってきました。母も介護度2になり、一人で二人の面倒を看てきて、口で言い表せないほど大変な日々を過ごしてきました。もう5年目です。

(介護は,同じような介護を経験した人でない限り,その大変さは理解できないと思います。
まあそんなことはいいですね・・・・)

この2月と3月の間に,私は3回も倒れてお水も吐いてしまうような最悪な身体になってしまい、姉も母も私も全員つぶれそうな状態でした。
姉は、毎日、生活のすべてを看てあげなければ行けない状態で、介護用のエアーベッドに自分では何も動けない状態で寝ていました。でも、1日1回は、車いすに移動させ、座って食事をします。ベッドよりも、座った方が飲み込みしやすいので、ヘルパーさんが入ったときに、そうしていました。昔は小さな彼女の身体は簡単に抱くことができたのですが、今は腰も痛めて力がなくなってしまったので、なるべく力仕事はヘルパーさにお願いしています。
体位変換も食事も吸引も日に何回もしなくてはいけないほど悪い状態で。週に2回は摘便もしていました。・・・とにかく毎日,同じことの,同じ言葉の繰り返しで・・・。
姉はしゃべれる言葉もどんどん少なくなり、時々、思いがけない時に「うん」とかわいい声で返事をしてくれるだけになっていました。
この2ヶ月で,3回言ってくれたかしら・・・・。

・・・・

何年もの介護で、マーサの介護の腕は、ピカイチ!超超巧くなりました。吸引だって看護婦さんよりも巧いです。
でもいくら腕があがっても、体力は落ちていくばかりで、本当にやつれて身体には肉がついていません。(足だけは,あまり細くなってくれませんが、)私の身体は弱りきってしまい、自分も入院したいと思っていたほどです。そんな状態だったので,2月から保護入院を考え、色々病院を調べ、電話したり見に行ったりしていたのですが,なかなか彼女を看てくれる病院を探すのは大変で・・・。

大雪が降った日、私はまた倒れてしまい、辛くて私を救急車で運んでもらいたいと思ったほどです。・・・・姉と一緒に入院できればと思いましたが、あの日は救急車なんて呼べるような状況ではなかったし、・・・翌日も訪問看護婦さんに電話しても、雪で身動きが取れないと、最悪でした。もう考えるのも辛く、どうでもよくなって、ホント、彼女と一緒に死にたくなりました。
いままでに、何度も死にたくなりましたけどね。

姉は、いつも、私がぎりぎりの状態になりもうだめと悲鳴をあげると,それを知っているかのように様態が急に悪くなり入院してくれます。まあ私と姉の関係は、反比例なのですが・・・。

そして,3月3日に姉は救急搬送されました。姉よりも私の具合の方が悪かったのですが、、姉の呼吸がすごく弱くなり,無呼吸の時間が長く、私の体力が限界を超えていたので、そんな姉を私が看ることは不可能でした。
(保護入院で入院するのと、救急で入院するのとでは対応が違いますから、救急の方が安心できます。)
でも、今回はもう最後の入院になってしまいました。

救急搬送される前の晩、「今回入院したら、もう入院も最後だろうな・・・」と思いながら介護していたら、色々なことが頭の中をかけめぐり 涙があふれてきました・・・・。
すると亡くなった父が私の後ろにスッと立っているような気がして、私の頭を何度も撫でてくれ、「もう、いいよ。大丈夫だよ」と心の声が聞こえました。本当に、そう感じたのです。


今,姉は入院しています。
姉の最後は家で看取ると決めていたので、来週の火曜日に戻ってきます。
火曜日に決まる前は、先週の水曜日に決まっていたのですが、私が、入院中に2回も倒れてしまったことと、色々な問題があって退院が延びてしまいました。

今、我が家には,すでに酸素吸入の機械も入って,姉の帰りをむなしく待っています。

で、話は飛んでしまいますが・・・看取りと言うのは、その対処の仕方を決めるのがとても難しく、色々苦しい決断をせまられます。今日,入院先の先生とよく話をして、退院したら点滴も止めることを了承しました。延命治療はしないと決めていたのですが、点滴だけは退院してからも引き続きやってほしいとずっと思っていて、訪問医療の先生にもおねがいしたけど止めた方がいいと言われ、すごく悩んでいました。でも、今日友人から電話があって、看取りの先生の話を聞いて、考え方を変えました。

猫のユウちゃんの最後のとき、病院で一晩入院して点滴をして、翌日つれに帰った時、
それまで鳴く力もないほどに弱っていたユウちゃんが、病院を出て車に乗せるやいやな,ものすごい剣幕で鳴いて、「もう二度と病院に入れるな」と私に言って怒ったことを思いだしました。
そのあとユウちゃんは、陽が燦々とあたるおうちのソファーの上で静かな最後の時を数日過ごしました。
ユウちゃんの死は,本当に美しかったです。
ようこさんも、ユウちゃんと同じように、私ができる限りのことをしてあげて、静かに何も延命治療はしないで逝かせてあげようと、今日,決心がつきました。
ようこさんのベッドは、ユウちゃんが最後の時を過ごした時と同じ場所にあります。

昨日までは、家に戻ってきて私が看病をしたら,きっと、先生が言ったようにすぐになんか死なないと思っていましたが、点滴を止めたら死ぬまでの日にちが計算できます。

とても悩み苦しみましたが、そうすることにしました。

帰ってきたら、添い寝して,「子守唄」と,「ふるさと」の歌を、彼女の耳元でいつものように歌ってあげます。
不思議と,歌を歌ってあげると、彼女は安心するのか眠ります。

夜の真っ暗な部屋の中を私のか細い声の歌が漂よっているのは、それはその一瞬一瞬の時を、私とようこさんを繋いでいる、ようこさんがまだ生きている証だと思っていました。
介護用ベッドの端のわずか20センチ位のスペースに私は横になり、ようこさんにくっつき虫のようにへばりつき、彼女に手の重みが負担にならないようにぎゅっと抱きしめて、ようこさんの肌のぬくもりをしみじみと感じ、なんてやさしい暖かさなのかと、そのぬくもりを宝物のように大切に私の身体の中にしまい込みたいと・・・・添い寝するたびに思っていました。

いままで、本当に、できる限りの、やってあげられることのすべてを、ずっとやってきました。
ご飯も,いつもおいしいご飯を作ってあげました。
ミキサー食になってからも,色々工夫しておいしく作ってあげました。
もうこれ以上やってあげられることがないほどやってきたので、何も後悔することはありません。

おうちに戻ってきたら、精一杯の愛を込めて、残りの時を姉と過ごしたいと思っています。
姉の介護は,それはそれは本当に言葉に言い尽くせないほど大変でしたが、今は介護できたことを、とても幸せだったと思います。姉のことを、自分感じている以上に愛しているんだなと、きづきました。姉のおかげで、無償の愛というものを知りました。それは、たぶん、心がとてもきれいな人を,無垢な人を介護できたからだと思います。
でも,母の介護は,全く違います。
母の言葉に、頭がおかしくなりそうなほど,疲れてしまいます。
言葉を話す人間と言う生き物は、難しい生き物ですね。この話は止めましょう。

私は,まだ心身ともに回復できていませんが、今日その事を決めてから、心がどんどん静かになって行くのがわかりました。その静かになっていく心で、今までの自分を振り返ると、やっぱり疲れすぎていて心が壊れかかっていたのだと思います。姉以外のことでは,後半は本当に頭がおかしくなっていました。物もいっぱい壊しました。

今日決めたこと,今日の思いをわすれたくなかったので、ブログに書きました。
最近は、何でもすぐなくしてしまう私。ブログに書いておいたら,どこかに書いた物を失くしてしまうことはないので、安全でしょ・・・。

若年性認知症になるのではないかと,毎日不安に思っている今日この頃の私です。
文章を書くなんてことからずっと遠いところで生きていたので、物忘れはひどく、漢字も忘れ、言葉も忘れ、支離滅裂な文章かもしれないけど、直す気力も今はないので、誤字脱字、おかしなところは、お許しくだされ。このままアップします。

そうそう,猫のピョンちゃんとララクんは、元気です。特にピョンちゃんは、私をいつも心配して守ってくれています。

今日は寒い雨の日でした。もう,今日を過ぎて明日になってしまいました。今、3月21日、夜中の1時47分です。

ようこちゃん、大大大好き!愛しています。

ダウン症の姉 | comment(0) |


2012/12/07 (Fri) 2013年、猫と薔薇の花のカレンダー

2年以上更新していないブログ。
やり方もすっかり忘れてしまって、ウロウロ。

私は、ただ今ダウン症の姉と、母の介護で崖っぷちを毎日歩いているような日々です。
生きることについて、こんなに深く考えて過ごしたことはありませんでした。

先月は姉が救急搬送され、3日間意識がなく大変でした。
でも、奇跡的に持ち直し25日間の入院生活を終え、無事に退院。
私も姉が退院する前の週に病院で倒れてしまい、それなのに今は母の介護も重なってしまい、大変という所を越して、気力で生きている感じ。いつでも倒れていいと言われたら、その場で倒れたい感じ。

・・・そんな日々を過ごしていますが、お話し変わって・・・

猫と薔薇の花のカレンダーが、オークラ出版からでます。
アマゾンで横山正美で出てきますので、見て下さい。
かわいいと思います。

白猫ララ君の仔猫時代の写真のカレンダーと、ベランダの薔薇の花の写真が9点とお友達のお庭の薔薇の花の写真が3点のカレンダーです。
画像をクリックすると大きな写真で見れます。
気に入ったら、ぜひかってくださ〜〜い。
きっと1年が楽しくなると思います。?

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青い目のララ君 | comment(3) |


2011/01/11 (Tue) ララ君のお友達

ずっと暗いブログが続いたので、今日はとっておきの楽しい写真を。

ララ君の友達は、たくさんいます。
と、自分では思っているのですが・・・・
最近の仲良しは、ウサギのウサコちゃん。


「おい、遊ぼうぜ、ウサコちゃん!  と、ララ君。

IMG_0100_20110111162546.jpg


「いや~~!!!絶対にあそびたくなあい!」


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「ねえ、そんなこと言わないで、遊ぼうよ。」


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「やめてよ~~~」


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「もういいよ。」

   と、ララ君強行に、パクリ。


IMG_0110.jpg

ララ君は、ウサコちゃんを咥えて、走る、走る。


IMG_0104.jpg

ウサコちゃんは、もうぐったり。



IMG_0109.jpg


そして、ウサコちゃんは、ついに動かなくなってしまいました。

「ウサコちゃん、起きろ、起きろよ~~~。」
「ウサコ眠っちゃったの~~~~、」

「「しょうがないな~~こんなとこで寝ちゃってさ!」
{じゃあ僕も寝ようかな~~」

と、まったく脳天気なララ君でした。

ララ君は、耳が聞こえないので、相手が嫌がっていることがさっぱりわかりません。
困ったララ君です。



最後まで読んで下さりありがとうございました。

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青い目のララ君 | comment(2) |


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8月12日発売の雑誌「猫びより」に、ララ君初登場。赤ちゃんからの半年をまとめて見ました。とっても可愛いので、ぜひご覧下さい。



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ピョンちゃん
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ピョンちゃんが、2006年8月の終わりに我が家に来たときは、生後二ヶ月で200gしかなかった栄養失調のガリ仔ちゃん。本名は、ツイギーシュール。

耳の聞こえないララ君
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ママと一緒の大切な写真


我が家の仔になって12目のララ君
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半猫人のマーサ

人間界では、写真家。お花が大好き。2006年に東京から猫のユウちゃんと逗子にお引っ越し、今に至る。写真は、2010年の誕生日に、めでたく猫耳が生えた記念に。


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著書

【僕の空、ルシエール】横山正美
2009・幻冬舎より 224p・オールカラー

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10年以上の月日の中で撮った写真のなかから選んだ、美しい空の物語。窓辺から見上げた日常の空に、こんなにも美しい空があることを誰も知らないでしょう。日々の小さな囁きの言葉をそえて。



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