ピョンとララの花*花猫日記// 手話でララ君とお喋り、奮闘中!
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2014/04/02 (Wed) 櫻子ちゃんは、逝ってしまいました。

もう2日になってしまったけど、3月31日の夜、急に姉は逝ってしまいました。
私の身体も限界で、30日の日、またたおれてしまった。頭痛と冷や汗と嘔吐で声を出すのもしんどいほど疲れきってしまった。姉が家に戻ってから6日間、ほとんど寝ていなかったから・・・。それでもやっぱり夜は、いつものように添い寝してあげて、何度も吸引をしてあげた。でも、「ようこちゃん、疲れちゃった〜〜。もう限界かな〜〜」なんて事を言ってしまった私。本当はもうとっくに限界は超えていたのだけど・・・気力でやっていて・・・倒れてもいいよと言われたら、いつでもすぐ倒れるような状態だった。
そう、それで、私の事を思って、次の日、突然に逝ってしまった。
私、吸引してあげるのも手が上がらなくて必死だったし、本当に限界だった。

姉の顔は、とても、とてもきれいな顔で、微笑んで眠っているようにみえました。死んでしまったけど、まだ死んでしまったとは思えなくて、私の気持ちは、ようこちゃんの魂と一緒に、この部屋の中をふわふわ浮いているみたい。
今だって、いつものようにベッドで寝ているけど、今日は服を着て、その上に重たい重たいドライアイスがのっていて、お花に囲まれている。
・・・・・・
今日は、たくさんの人が会いにきてくれた。
ラブワンの岩田さん、金井さん、お二人にはいつも無理を聞いてもらい、深く感謝しています。リハビリの先生には、退院してきた日と最後の日と両方来ていただいて、ありがとうございました。お隣のママと愛ちゃんと美知子さん、ようこちゃんのために、素敵な白い花束をありがとう。枕花、・・今日、その言葉知りました。ママには前の日も、果物を私のために差し入れしていただきありがとう。
訪問看護婦の平野さん。本当は、昨日は平野さんに、最後のようこちゃんの事やってもらえたらよかったのになあ〜〜。でも、今日、少し顔のお化粧直してもらったから、よかったあ〜〜。ありがとうございました。
そして、もやいでもお世話になり、その後は相談員としていつも助けてもらった萩原さん、夕方色々ようこちゃんの昔話をして楽しかった。泣いたり笑ったり・・・。
そして今日最後に来て下さった、もやいで一番お世話になった矢代さんと龍村さん、ようこちゃんをたくさん、たくさん、可愛がってくれてありがとうございました。かわいい花束も、お菓子もありがとう。私とようこちゃんの二人にとって、一番仲良しの二人でした。みんなに愛されて、ようこちゃんは本当に幸せ。そして君には超優しい、私みたいな出来のいい妹を持って、君は本当に幸せ者よ。今度生まれてきたとき、私に恩返しするの忘れちゃだめよ。

そしてあらためて、ようこちゃん、私はあなたと姉妹であったことをとても誇りに嬉しく思っています。今振り返り、あなたと過ごしたとても大変な日々は、かけがえのない大切な宝物のような日々になりました。あなたがいてくれたおかげで、私は今の私があります。本当にかわいくて、やさしくて、心のきれいなようこちゃん、今までありがとう。心の底からありがとう。これからは、空の上からいつも私の事、見ていて頂戴ね。

大好きな私のお姉さま、櫻子さま。やすらかに眠ってください。×××

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ダウン症の姉 | comment(0) |


2014/03/26 (Wed) 家での最後の看取り

昨日、姉を病院から家に戻した。酸素マスクをつけ、ストレチャーで・・・・。
今までは、退院する時は車いすで私の助手席に座り帰ってきた。
でも今回は、最後の時を家で迎えるため、・・・・・・。
姉は、病院にいる時よりもずっと穏やかな顔で眠っている。
私の介護が一番だから。
でも、自宅で最後の時までを見守り看病するのは、考えていたよりも心がずっとずっと大変なことがわかった。
覚悟ができているといっても、頭で理解している事と、心の思いとがかけ離れすぎている。
とても強い心を持っていないと、感情に押し流されてつぶれてしまいそうになる。
今日も、ケアマネさん、訪問看護の看護婦さん、ホームドクターと点滴の事でずいぶん話をして、色々自分に言い聞かせてみたけれど。辛い。

姉は、62歳のダウン症です。髪も白髪は本当に少なく、顔もつるつるできれい。手だって、ちっちゃくて、白くって、すべすべで子供ような手をしている。おばあさんの顔はしていない。
でも、逗子で一番高齢のダウン症。その下のダウン症の子は、50歳。
歯も、1本抜いたけど、あとは全部自分の歯。病院の先生にも、こんなに状態のいいダウン症の子はいないと言われている。
その彼女が、あと1週間か2種間か、もしかしたら5日か・2日後かもしれない・・・・・死ぬ。
自分の手の中に、彼女の命がある感じがして、それを一人で見守っているから、怖い。
病院は、彼女の命は先生に預けている。それが病院で死ぬ事と、家で死ぬ事の違い。

昨日は添い寝して、ほとんど眠っていないので、今日は夜中もつかなあ〜〜。
吸引と体位変換とその他色々。
頭が馬鹿になっているので、支離滅裂な文章。

もう彼女のためにやってあげられる事は少ししかないけど、どうぞ今夜も静かな穏やかな眠りを彼女に与えてください。
痙攣が起きませんように。

ダウン症の姉 | comment(0) |


2014/03/21 (Fri) ずっとずっと、介護してきたけれど・・・

前にブログを書いたのが、2年ぶりと書いてあったけど、それからまた1年と3ヶ月・・・が経ち・・・
ずっとずっと姉の介護をやってきました。母も介護度2になり、一人で二人の面倒を看てきて、口で言い表せないほど大変な日々を過ごしてきました。もう5年目です。

(介護は,同じような介護を経験した人でない限り,その大変さは理解できないと思います。
まあそんなことはいいですね・・・・)

この2月と3月の間に,私は3回も倒れてお水も吐いてしまうような最悪な身体になってしまい、姉も母も私も全員つぶれそうな状態でした。
姉は、毎日、生活のすべてを看てあげなければ行けない状態で、介護用のエアーベッドに自分では何も動けない状態で寝ていました。でも、1日1回は、車いすに移動させ、座って食事をします。ベッドよりも、座った方が飲み込みしやすいので、ヘルパーさんが入ったときに、そうしていました。昔は小さな彼女の身体は簡単に抱くことができたのですが、今は腰も痛めて力がなくなってしまったので、なるべく力仕事はヘルパーさにお願いしています。
体位変換も食事も吸引も日に何回もしなくてはいけないほど悪い状態で。週に2回は摘便もしていました。・・・とにかく毎日,同じことの,同じ言葉の繰り返しで・・・。
姉はしゃべれる言葉もどんどん少なくなり、時々、思いがけない時に「うん」とかわいい声で返事をしてくれるだけになっていました。
この2ヶ月で,3回言ってくれたかしら・・・・。

・・・・

何年もの介護で、マーサの介護の腕は、ピカイチ!超超巧くなりました。吸引だって看護婦さんよりも巧いです。
でもいくら腕があがっても、体力は落ちていくばかりで、本当にやつれて身体には肉がついていません。(足だけは,あまり細くなってくれませんが、)私の身体は弱りきってしまい、自分も入院したいと思っていたほどです。そんな状態だったので,2月から保護入院を考え、色々病院を調べ、電話したり見に行ったりしていたのですが,なかなか彼女を看てくれる病院を探すのは大変で・・・。

大雪が降った日、私はまた倒れてしまい、辛くて私を救急車で運んでもらいたいと思ったほどです。・・・・姉と一緒に入院できればと思いましたが、あの日は救急車なんて呼べるような状況ではなかったし、・・・翌日も訪問看護婦さんに電話しても、雪で身動きが取れないと、最悪でした。もう考えるのも辛く、どうでもよくなって、ホント、彼女と一緒に死にたくなりました。
いままでに、何度も死にたくなりましたけどね。

姉は、いつも、私がぎりぎりの状態になりもうだめと悲鳴をあげると,それを知っているかのように様態が急に悪くなり入院してくれます。まあ私と姉の関係は、反比例なのですが・・・。

そして,3月3日に姉は救急搬送されました。姉よりも私の具合の方が悪かったのですが、、姉の呼吸がすごく弱くなり,無呼吸の時間が長く、私の体力が限界を超えていたので、そんな姉を私が看ることは不可能でした。
(保護入院で入院するのと、救急で入院するのとでは対応が違いますから、救急の方が安心できます。)
でも、今回はもう最後の入院になってしまいました。

救急搬送される前の晩、「今回入院したら、もう入院も最後だろうな・・・」と思いながら介護していたら、色々なことが頭の中をかけめぐり 涙があふれてきました・・・・。
すると亡くなった父が私の後ろにスッと立っているような気がして、私の頭を何度も撫でてくれ、「もう、いいよ。大丈夫だよ」と心の声が聞こえました。本当に、そう感じたのです。


今,姉は入院しています。
姉の最後は家で看取ると決めていたので、来週の火曜日に戻ってきます。
火曜日に決まる前は、先週の水曜日に決まっていたのですが、私が、入院中に2回も倒れてしまったことと、色々な問題があって退院が延びてしまいました。

今、我が家には,すでに酸素吸入の機械も入って,姉の帰りをむなしく待っています。

で、話は飛んでしまいますが・・・看取りと言うのは、その対処の仕方を決めるのがとても難しく、色々苦しい決断をせまられます。今日,入院先の先生とよく話をして、退院したら点滴も止めることを了承しました。延命治療はしないと決めていたのですが、点滴だけは退院してからも引き続きやってほしいとずっと思っていて、訪問医療の先生にもおねがいしたけど止めた方がいいと言われ、すごく悩んでいました。でも、今日友人から電話があって、看取りの先生の話を聞いて、考え方を変えました。

猫のユウちゃんの最後のとき、病院で一晩入院して点滴をして、翌日つれに帰った時、
それまで鳴く力もないほどに弱っていたユウちゃんが、病院を出て車に乗せるやいやな,ものすごい剣幕で鳴いて、「もう二度と病院に入れるな」と私に言って怒ったことを思いだしました。
そのあとユウちゃんは、陽が燦々とあたるおうちのソファーの上で静かな最後の時を数日過ごしました。
ユウちゃんの死は,本当に美しかったです。
ようこさんも、ユウちゃんと同じように、私ができる限りのことをしてあげて、静かに何も延命治療はしないで逝かせてあげようと、今日,決心がつきました。
ようこさんのベッドは、ユウちゃんが最後の時を過ごした時と同じ場所にあります。

昨日までは、家に戻ってきて私が看病をしたら,きっと、先生が言ったようにすぐになんか死なないと思っていましたが、点滴を止めたら死ぬまでの日にちが計算できます。

とても悩み苦しみましたが、そうすることにしました。

帰ってきたら、添い寝して,「子守唄」と,「ふるさと」の歌を、彼女の耳元でいつものように歌ってあげます。
不思議と,歌を歌ってあげると、彼女は安心するのか眠ります。

夜の真っ暗な部屋の中を私のか細い声の歌が漂よっているのは、それはその一瞬一瞬の時を、私とようこさんを繋いでいる、ようこさんがまだ生きている証だと思っていました。
介護用ベッドの端のわずか20センチ位のスペースに私は横になり、ようこさんにくっつき虫のようにへばりつき、彼女に手の重みが負担にならないようにぎゅっと抱きしめて、ようこさんの肌のぬくもりをしみじみと感じ、なんてやさしい暖かさなのかと、そのぬくもりを宝物のように大切に私の身体の中にしまい込みたいと・・・・添い寝するたびに思っていました。

いままで、本当に、できる限りの、やってあげられることのすべてを、ずっとやってきました。
ご飯も,いつもおいしいご飯を作ってあげました。
ミキサー食になってからも,色々工夫しておいしく作ってあげました。
もうこれ以上やってあげられることがないほどやってきたので、何も後悔することはありません。

おうちに戻ってきたら、精一杯の愛を込めて、残りの時を姉と過ごしたいと思っています。
姉の介護は,それはそれは本当に言葉に言い尽くせないほど大変でしたが、今は介護できたことを、とても幸せだったと思います。姉のことを、自分感じている以上に愛しているんだなと、きづきました。姉のおかげで、無償の愛というものを知りました。それは、たぶん、心がとてもきれいな人を,無垢な人を介護できたからだと思います。
でも,母の介護は,全く違います。
母の言葉に、頭がおかしくなりそうなほど,疲れてしまいます。
言葉を話す人間と言う生き物は、難しい生き物ですね。この話は止めましょう。

私は,まだ心身ともに回復できていませんが、今日その事を決めてから、心がどんどん静かになって行くのがわかりました。その静かになっていく心で、今までの自分を振り返ると、やっぱり疲れすぎていて心が壊れかかっていたのだと思います。姉以外のことでは,後半は本当に頭がおかしくなっていました。物もいっぱい壊しました。

今日決めたこと,今日の思いをわすれたくなかったので、ブログに書きました。
最近は、何でもすぐなくしてしまう私。ブログに書いておいたら,どこかに書いた物を失くしてしまうことはないので、安全でしょ・・・。

若年性認知症になるのではないかと,毎日不安に思っている今日この頃の私です。
文章を書くなんてことからずっと遠いところで生きていたので、物忘れはひどく、漢字も忘れ、言葉も忘れ、支離滅裂な文章かもしれないけど、直す気力も今はないので、誤字脱字、おかしなところは、お許しくだされ。このままアップします。

そうそう,猫のピョンちゃんとララクんは、元気です。特にピョンちゃんは、私をいつも心配して守ってくれています。

今日は寒い雨の日でした。もう,今日を過ぎて明日になってしまいました。今、3月21日、夜中の1時47分です。

ようこちゃん、大大大好き!愛しています。

ダウン症の姉 | comment(0) |


2011/01/11 (Tue) 自分との闘い

母の所からすっかり姉を引き取り看る生活が始まり、本当に人生がまったく変わってしまった。
姉は一気に介護度5,障害の方も5で、今は何から何までしてあげないとだめで、お部屋のなかのわずかな数歩でさえも手を引っ張り誘導の状態。
歯磨き、顔を洗うこと、食事、トイレ・・・・これが素直にいつも言うことを聞いてくれるわけではないし、
でも自分が色々な事がわからなくなっているということを認識しているので、まったく何もわからない人とは違って彼女自身もストレスがたまっている状態でかわいそう。そして、私もかわいそう。普通の人の介護度5でも大変なのに、それプラス障害も5なので,正直言って半端じゃない。
この間は1日に,何回,彼女の下着を取り替えたことか。そして、今日は朝からウンチとの対決で,もうへとへと。ウンチをするために使う腹筋?がないのか、ウンチをすることの踏ん張る意識がないのか,・・・・

ドコドコちゃんは日に日に症状が進んでいる。
連休なんて、どこか別の世界のこと。
でもベランダから見る世界は,静かでおだやかで・・平和そのもの。
今日は姉をベランダのイスに座らせて、私は花を植えかえした。
お日様の光は優しく、姉はしきりに「すごい風~~」と言っていた。
そんな風吹いていないのに・・・この言葉、最近の彼女のお気に入りの言葉なのだ。

ほとんど出かけることのできない私にとって,植木を触っているときだけが,何も考えない唯一の時間だ。
そして、ドコドコちゃんのために、春にきれいなお花を見せてあげようと、チューリップとパンジーとビオラを沢山植えた。ノースポールと金魚草は毎年勝手に芽が出て来るので,それを鉢に植え直し・・・・水仙は年ごとに球根の数が増えて,これもちゃんと毎年芽を出してくれる。みんな、かわいい私の物言わぬ家族たちだ。
だいたい、朝起きてベランダに出て、そのまま花をさわっている。
姉が起き出す前しか、静かな時間がないから・・・
自分は本当に花が好きなんだなあと思う。

とりあえず猫とお花がいてくれて,よっかたあ~~。
色々助けられている。

ララ君はドコドコちゃんが大好きだし・・・・耳の聞こえないマイペースのララ君がいてくれて良かった。

しかし、とにかく症状がどんどん進んでいて,ひと月前と今とでは、すでに違う状態で本当に不安。
それに、こちらの言う単純なことが通じなくなってきているので、時々こちらの頭がおかしくなる。

たとえば、もう少し前にきて・・・・これが通じない。
これが毎日なので・・・自分のコントロールに不安をおぼえます

去年、自分の精神状態がおかしくなって危険区域まで行ってしまった経験があるので、
そうならないように注意しているけど、今の生活を続けていれば確実にまたなると思っている。

これから先、こういう状況の中で、自分がどう生きていったらいいのか、今まだわからない。
ニュースで,虐待したり,自殺したり,殺してしまったりする事件がありますが、今はその人たちの気持ちがよくわかる。

いつかまた静かな日々が訪れる時がくるでしょうから、今は頑張って姉に幸せな時間を作ってあげようと願っているけど・・・今年は、自分との闘いです。

でも、でも、・・・・いつまでこの状態が耐えられるのか、考えると怖くなる。障害の方は、ショートステイとか何処もいっぱいで引き受けてくれるところがない。姉のために,色々な施設を見て歩いた。介護生活に入る前までは,そんな世界を知ることはなかったけど、ある重症心身障害児施設を見学したとき、自分が実は何もしらなかったということに気がついた。そして、その施設にある一種の感動を覚えた。そこは私が見学した施設にいる子たちより何倍も大変な子たちが入所しているにもかかわらず,暗さがなかった。何処よりも清潔で,明るくて、素晴らしい環境だった。・・・とここまで書いて、ちょっと姉の様子を看に行って来た・・・・でも、途中だけどもうこの辺でお終いにしよう。まだやらなければいけないことがあるので・・・
次は,楽しい事を書きたいです。

ダウン症の姉 | comment(2) |


2011/01/02 (Sun) 明けましておめでとう

明けましておめでとうございます。

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突然ブログの更新を止めてしまい,ブログを見ていて下さった皆さんにはとても心配をかけてしまい申し訳ありませんでした。とても書けるような状態ではなかったので・・・・ごめんなさい。

そして、新しい年がはじまり、1月1日ももうおわり、今は2日の深夜。
またブログを書こうと思っています。
ブログでも書かないと、姉と二人きりの介護生活は、危険だしで自分も認知症になりそうな気がして,客観的に自分を見つめるためにも努力してブログを再開しようと思いました。猫とダウン症の姉のブログは楽しくないかも知れませんが、自分のために書きます。

とりあえず、ララ君は少し大人になり元気です。耳が聞こえないことは,時にはとても良いことでもある事がわかりました。
私と母が大喧嘩しても,私が姉に対して切れそうになって大きな声を出しても、その声は一切聞こえず、ララ君はマイペース。ピョンちゃんは,あまりにもの生活の変化にノイローゼになってしまいましたが,今は多分もう大丈夫。二匹の猫のおかげで、何とかここまでやってきましたが,これからどんな日々が待っているのか,とても不安です。ブログにいっぱい愚痴を書くかも知れませんが,お許しを。でも、なるべく前向きに生きていこうと自分に言い聞かせているので,時々ブログを覗いてマーサを励ましてやって下さいな。

書きたいことは山のようにあるのですが、もう去年のことは書くのは止めます。
9月22日と12月24日にブログを書いたのですが,アップしませんでした。と言うか、アップするのを忘れていたのかも知れません。

今日はこれ以上パソコンを触っている時間がないので、この辺で。

とまあこんな感じですが、今年も宜しく御願い致します。

ダウン症の姉 | comment(1) |


2010/12/26 (Sun) 私の人生は大きく変わり

あっという間に,今年もわずかになってしまった。
私の人生は大きく変わり、夏から激動の日々だった。
色々考えたあげく、私がずっと姉の面倒を見ることに決めた。
ある時期、私の精神状態が危険な所まで入ってしまい,最悪だった。テレビのニュースで見る介護疲れやノイローゼで虐待をしたり,自殺をしたりする人の気持ちがよくわかった。10月は,本当によく泣いた。なんだか、もうずっと昔のことのような気がする。
私が実家に帰ることも考えたけど、色々な事を考えて私が姉を引き取る事にした。これからは、逗子が姉の家になる

22日の朝,実家を、姉ドコドコちゃんを車に乗せて8時過ぎに出発。その足で直接藤沢の病院に向かい12時5分着(12時の予約だったので)、しかし待つこと4時間半、薬をもらって病院を出たのが5時半、それから逗子の我が家に。そして、施設の人の訪問チェックの約束があり、終わったのが7時半過ぎ。それから食事を作り(メニューは身体があたたまり,姉が食べやすく、のどごしがいいもの・・・で、キャベツをコンソメスープとニンニクとトマト缶で煮込みそれにビーンズを入れて、ジャーマンソーセージを加えコトコトと・・・すぐ出来て,簡単でおいしい)
長い長い1日でした。


23日は,姉の施設デビューの支度が大変で・・・子供を持ったことのない私は、母親になった気分で・・・
子供がが小学校に入学するときは、こんな感じなのかな~~~と思いながら、でも障害者だから色々心配で、支度でへとへと。



そして24日、朝。
昨日の残りのキャベツとソーセージの煮込みにご飯を少し加えてリゾットにしたものと、洋なしとアボガドの粒こしょうのマスタードであえたサラダと焼きたてのごまとレーズンが入ったパンとミルクティー。ちゃんと朝ご飯を食べさせて、10時にお迎えが来て(今日は特別スケジュール)、車の所まで見送り、昼過ぎに様子を見に施設まで自転車で行き・・・・4時にまたお出迎え。

そのあと,疲れているので寝かせて,急いで買い物へ。
6時半に車いすやシーツや注文をしたものが届くので大急ぎで帰ったのに、すでに介護用具のお兄さんは玄関にいて、買い物の荷物を運ぶのを手伝ってもらってしまった。それから1時間ほど,用具の説明やイスの調整やそのたもろもろ。

そして25日、今日は朝から彼女のこちらでの生活の準備でやらなければいけないことが山のようにあって、彼女のめんどうをみながら家事をしながら、まったく休む暇なく動いていた。早めに入浴・・今日はシャンプーもしたので,もうクタクタ。


朝は,キャベツとベーコン炒め、アロエのヨーグルト、洋なしとミカン、クロワッサン、ミルクティー

お昼ご飯は、市場で買ってきたさわらのお刺身(これがすごく美味しかった)に、
大根の葉としらすと黒ごまをごま油で炒め、醤油の香りをつけてご飯とあえたもの。そして、あぶらげと三つ葉の味噌汁・・・
これに静岡の美味しいお茶

おやつは,シュークリームとコーヒー



夜はお腹がすいていないみたいだったので、母から届いた大きなイチゴとバナナにヨーグルトをかけ、蜂蜜と,便秘に効く特性オリゴ糖と煎りごまを磨ったものをかけて・・・おわり。

カルシウム不足と,便秘にならないようにまじめに作っている。

クリスマスなんて、どっかにいっちゃった。
我が家は,今年はクリスマスなんてない。


しかし、施設は,1週間に1回しか受け入れてもらえないので、私にはまったく自由がありません。


今日は、彼女が言うことを聞いてくれないので,もう本当に大変で・・・施設ではスイスイやっていることが家ではまったくだめで・・・

頭にくるのと同時に悲しくなってきて・・・・なんだかまた精神的におかしくなりそうな気がして不安。
母がこちらに来てくれたら本当に助かるのだけど,母はまったくその気なし。


ホント、どうなるのかな~~~。

でもいつかは,また静かな日が訪れるときが来ることを信じて、前向きにやらないとね。
でも、でも、自信ないな~~~。

なんだか支離滅裂。

ダウン症の姉 | comment(0) |


2010/09/26 (Sun) 劇的な1週間

ダウン症の姉は、ダウン症の中でも重度の障害です。ダウン症って、個人差がとても大きく、軽症の子と重症の子では、天と地ほどの差があるように思います。テレビなどでダウン症を取り上げた番組を時々やっていますが、一概には言えませんが軽い方が多いと思います。

姉は少なくとも昨年までは、まあなんとか自分のことは、少し手伝えば自分でやれました。1昨年は、服だって一人で着れましたし、知的障害をのぞいたら、何も手のかかる子ではありませんでした。でも去年の秋の終わりに、ふとしたことで私が姉が認知症になりかけているのを発見しました。

今年になり、多分夏位から急激に進行したのだと思います。そのスピードは、健常者が認知症になっていくスピードの何倍も速いです。認知症が進んだ原因は、目が見えなくなってきたことも関係していると思います。
でも,それが一番の原因ではないと思っています。

ですから、母が姉の面倒は見ていましたが介護をずっとしていたわけではありません。

姉のことをもっと早く引き取りたかったのですが・・・私と母との間には難しい問題があります。
こんな風に認知症になった姉を見ていて、母に対してある一種の怒りを覚えます。
それに姉の背骨は、2カ所圧迫骨折をしていました。
これも今回わかったことですが、レントゲン写真を見たときは、言葉が出ませんでした。

まあ、こんなことをブログに書いても仕方ないのですが・・・・・。


母が帰ってから、私のやり方で介護の仕方を変えました。
便秘ではないのですが(とても柔らかいウンチ)、ウンチを出す力がなく、肛門からウンチが顔を出していても、出しきれないのです。そう言う時はバスルームに連れて行き、お湯で腰を暖め肛門を刺激して指で出していました。(汚い話でごめんなさい)このやり取りは、私と姉とのかなりの闘いです。でも、この闘いが終われば、姉は少しは気持ちがよくなります。透明猫ユウちゃんや黒猫ナナちゃんで、ウンチのことはかなり苦労しましたから、姉のウンチをどうしたらいいのか自信がありました。病院の先生からも、ガスがすごく溜まっていると言われ、ガスの出る薬をもらい、それに光線治療を1日2回続けていました。あとは、お腹のマッサージ。光線治療はすぐ効くわけではありませんが、でも、確実に腸自体を回復させる力があるので副作用もなく、姉や動物たちには最適です。ただし猫は小さいので扱いが簡単ですが、姉は中々言うことをきいてくれないので、ものすごく時間がかかります。でも最後には大声でわめいていても、だんだん気持ちがよくなって最後は寝てしまいます。・・・・・
・・・・そして一昨日、姉がウンチをしたいと言ったのです。
いつも、出ない、出ないと言っていた姉がです・・・・。

本当に立派なウンチがスル~~~と出たのです。
もう感動的でした。
姉の手を握りしめて、『おめでとう~~~~!!!!!、良かったね~~~』と何度も言ってしまいました。

翌日は、姉の食事の量が変わりました。
小鳥のえさ位しか食べていなかった姉が、少なくともその倍は食べてくれました。

昨日は介護のケアーマネージャーさんが、面接に来ました。
障害者のケアーと介護では、審査も、内容も違いますが、両方申請しました。障害者の方は既に終わり結果待ち、そして介護は28日に市役所から面接に人が来て、その結果待ちですべてやることはやりました。

姉の足にあわせた特別の靴も注文して、1ヶ月位でできてきます。楽しみにしています。
その靴屋さんに行ったとき、滅多にこんな靴屋さんに来ないのだから、せっかくだからと、母にもあう靴を探してもらってプレゼントしたのですが、うちの母は私に対しては本当に性格が可愛くないので・・・・・××××××。


今日は、姉をつれて病院にいき、帰りにランチをたべて、それからお店により寒くなってきたので姉の服を買いました。この行程は、目がよく見えなくて足の筋肉もない姉にとってはかなりハードですが、精神面ではすごく刺激的なことだったともいます。車の中では,70年代の歌を,二人で歌っています。彼女が毎日何年も聞いている彼女のテーマソングです。

病院では車いすを借りられるので、スイスイ^^と移動ですが、それ以外は本当に大変です。床の模様やラインは、みんな段差があるように見えてしまい、怖くて足が前に中々進みません。でも歩かせないと、腸も動きませんから、無理してでも少しは歩かせようと思っています。あるけば筋肉もついてくるし・・・・。(来月は目の手術もするつもりなのですが・・・手術をしてもらう先生が好きではないので、他の病院に行こうか迷っているところです。)

とにかく3日か4日に1回は、外に連れて行こうときめています。
この前は光明寺に行きました。お参りをしようと本堂にいこうとしたのですが、もう大変で・・・・、でもとっても親切な人がいて助けてくれました。ありがたかったです。

山門を出る時に、よくそんなに大変なのに、連れてきて偉いわね~~~と言われて、内心嬉しかったです。

姉を連れて歩いていると、とても親切な人に出会うか、好奇な目で見ている人か、見ないふりして見ているかのどれかの人ですね。

で、今日はそんなすごく大変な1日だったのだけど、姉の状態ががらっと変わって、1日中怒ってばかりいた姉が、部屋に戻ってきてからすごく笑うようになって,ボキャブラリーもびっくりするくらい増えてとっても嬉しいです。

晩御飯の時は、何回美味しいと言って食べてくれたことか・・・・。
そのあとにやってあげた光線治療も,とっても協力的で、キモチイイ~~~,アリガト~ッて3回位言ってくれたし・・・・マーサの苦労も今日は報われた思いがしました。

姉を先に寝かせて、「お休みなさ~~い、明日ね~~」って言ったら、嬉しそうに「明日ね~~」て言葉が返ってきました。障害の介護の認定がおりたら、デイケアーに1週間の半分くらい出そうと思っています。

姉が初めて知る、家族から離れて知る世界は、姉をきっといい方に変えてくれると思っています。

それまで,体力をつけさせなくては。

昨日から、姉のことをネエネといっています。
あなたは私のお姉さんだから、ネエネなのよって。
そして時々,ドコドコちゃんと呼んでいます。
それは、姉は,毎日、何処、何処って言いぱなしだから。

ベッドからトイレにいく時も、階段を下りる時も,テーブルにつく時も,・・・全ての行動をとる時に,何処?と聞きます。もう答える方は嫌になってしまいます。

ドコ、ドコ?
ドコ行くの?

下の部屋のテーブルにいくのよ。

ドコ? ドーコー?

どこって,こっち、下に行くの!

コッチッテ、ドッチ?

こっちって,あっち!

ドコ? ドコドコドコ~~~ ドッチ?

どっちって、どっちがどっちよ?

どっちってこっちよ。

アタシ,ワカンナイ。

ドッチ?

ドッチヨ~~。

だから,こっち。どっちでこっち。

あたしだって、わかんないよ、どっちがどっちなのか~~。

・・・・・とまあ,こんな会話をしながら、移動する度に、毎回同じやりとりをしています。

思いつくままに書いてしまいましたが、このままアップします。


・・・・と書いてしなかった。

今は翌日の深夜・・・朝になってしまった。
姉のおトイレで3時過ぎに起きて,眠れなくなってしまったので・・・パソコンを開きました。
明日は介護の審査の人が来ます。

少し前の日の,ララ君とドコドコちゃんが寝る時のしゃしんです。
58歳と9ヶ月の足にしては、きれいでしょ?


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ララ君はいつもドコドコちゃんの足下にやってきます。


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姉の足がゴソゴソ動くので,それが面白いみたいです。


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ドコドコちゃんも,姉もハンディを持っているもの同志、何だか不思議な関係。

ララ君は耳が聞こえない分,私と姉との大きな声でのやり取りは聞こえてないので、一人のんきです。
でもピョンちゃんは,全てを見ているので,神経質になっているし可哀想。
でもでも、いつもマーサのことを心配していてくれるみたいで、ほんとうにかわいいです。

母がいる時に,母がピョンちゃんをからかおうとしたとき、ものすごくピョンちゃんが母に対して怒った時がありました。あんな風に怒ったピョンちゃんを見たのは初めて。
私、母とのやり取りで,けっこう泣いていましたから・・・・その時は・・・・ウウゥ~~~ピョンちゃんはわたしの味方ねって思いました。

つまらないことを書くのはこの位にして,寝ます。1.2時間しか眠れないな~~~。
今朝は,ダウン寸前だったから、注意しなくっちゃ。



最後まで読んで下さりありがとうございました。

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ダウン症の姉 | comment(0) |


2010/09/22 (Wed) 声もかすれ、ギャ~~~~と・・・

昨日まで頭がおかしくなりそうなくらい、大変な日々でした。
とくに昨日の朝は最悪状態のピークで、
声もかすれ、ギャ~~~~と叫びたくなる気も怒らないほど憔悴していました。

でも、体重は、みんながうらやましがるほど減りました。
黒猫ナナちゃんの看病前の時の体重からくらべると、7キロ以上痩せました。
まあ、いかにマーサの身体に贅肉がついていたかということなのですが・・・・、
で、今は昔の平均体重に戻り、これだけが介護をはじめて嬉しいことです。(苦笑)

今日は、今までの努力が報われ、彼女にちょっと笑顔が戻り、食事も少し食べてくれるようになり、ホっです。
それまでは、もうひっぱたたきたくなるくらい、姉の罪のない暴言にズタズタニ心も引き裂かれ、打ちのめされ、もちろん、日々の生活状態はつきっきりの状態で忍耐の限界はすでに通り越し、ちょっと気を許すと涙がすぐ出てきて心身ともに危うい状態でした。

今までは、母が主に姉の面倒を見ていたのですが、もう私がこれからすべての面倒を見ることに決め、9月の始めから滞在していた母も静岡に帰しました。姉の介護の仕方で、毎日母とケンカで、ただでさえで母と姉のこちらでの生活のすべての面倒だけでアップアップの状態なのに、もうひどい状態でした。
料理も朝昼晩、姉の事を思い半端じゃなくまじめに栄養も考えた美味しいご飯を作っていましたからね・・・。
母は、食欲旺盛でよく食べていました。

自分で言うのも何ですが、ほんとうによく考えられた食事のメニューなのよ。
しかし頑張りすぎは、だめ!


そんなに頑張っているマーサなのに、母は自分の意見は譲らず、ケンカもひどくなるばかり、疲れは何倍にもなり・・・ついに「帰って下さい」と言ってしまったマーサなのです。
(マーサは口は悪いが、けっこう線は細くデリケートなので・・・・。)


母が帰って、ケンカの時間がなくなっただけでも、楽です。
でもその分姉のすべてを看なければならないので大変ですが、ケンカするよりズッとましです。
母が帰った日は、洗濯も4ラウンド(姉がお漏らしをしたので)、翌日は2ラウンド。
洗濯とそうじをしまくり、そして気分を変えるために姉の髪も短く切って散髪も・・・

とにかく母のめんどうの味方の結果が今の状態を引き起こしているので、
母を姉の介護から外したというわけです。
その方が母にとっても多分良いと思う。
姉の介護をして、母が骨折でもしたら、それこそ大変。

ひどいかも知れないけど、母を姉の介護から外すのは、姉にとってはひどくない。
今は姉の事を最優先で考えているので、母にもそう説明したけど、・・・?????。

まあ、母も今月84才のなったので、母の元気度から言ったら立派で、母もよくやってくれたのですが、自分が長年看てきたという思いから自分のやり方が正しいと言うことを譲らないので問題が生じます・・・・。
私の母に対する言い方も優しくないのかも知れませんが、しっかりもののがんこな母親なので、ことごとく意見が対立します。
実家での姉の生活は、長年居たところなので目が不自由になっても感で動くことができ、逗子の我が家で生活するよりも姉はズッと自由がきき、介護も半分の楽さでできていたのですが、いつも姉の身体の状態の変化に気がつくのは私で、危機一発で最悪の状態になるのを乗り越えてきました。母が看ていたら、あと1年くらいで姉は死んでしまうかも知れないという危機感を今回は感じたので・・・。


まあ理由はそれだけではないのですが、これからズッとマーサがすべてを看ることに決めました。
姉は、今58才と九ヶ月・・・多分ダウン症の人たちの中では、かなり長生きしていると思います。

とりあえず、姉の最後の時間を少しでも楽しいものにしてあげたいと願っています。そのために、自分の生活はしばらく捨てる事に決めました。ララ君は、とてもいい仔になりましたが、相変わらずマーサのお花の鉢にウンチを次々として植木をだめにしていくのだけが、ダメオ君です。



9月もあと少しで終わり。
今月は姉を病院につれて行き、また念のために違う病院でも診てもらい、再検査をして身体の状態を色々調べてもらったり、介護の申請やらなにやら、ものすごいたくさんのことをひとりでこなした。我ながら、ほんとうに良くやったと、自分で自分を褒めてあげたい。病院で最後の診察を終え、ソファーに座って名前を呼ばれるのを待っているときには、大仕事を終えた気がして、涙がこぼれてきました。(この時は病院で七時間以上もいたのですが、いや~~~ほんとうにきつかった)


でも、大変な時もいつかは終わりが来るときがあります。

ネ、ララ君!
ララ君もお耳が聞こえなくてさんざんマーサを悩ませてくれたけど、今はもうララ君の扱いも慣れてきたし、ララ君も自分の生活の仕方がわかってきて、大丈夫だものね。

介護の申請が降りたら、もっと楽になるはずだから、とりあえず倒れないように頑張ろう~~~。

n_20100808_082.jpg


朝陽の中のララ君でした。


と書いているうちに、朝になってしまった。
もう寝る時間ないなあ~~~。

じゃあ、おやすみなさいで、おはよう!

おかしな文章があるかも知れないけど、このままアップします。


最後まで読んで下さりありがとうございました。

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ダウン症の姉 | comment(8) |


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8月12日発売の雑誌「猫びより」に、ララ君初登場。赤ちゃんからの半年をまとめて見ました。とっても可愛いので、ぜひご覧下さい。



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ピョンちゃん
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ピョンちゃんが、2006年8月の終わりに我が家に来たときは、生後二ヶ月で200gしかなかった栄養失調のガリ仔ちゃん。本名は、ツイギーシュール。

耳の聞こえないララ君
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ママと一緒の大切な写真


我が家の仔になって12目のララ君
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半猫人のマーサ

人間界では、写真家。お花が大好き。2006年に東京から猫のユウちゃんと逗子にお引っ越し、今に至る。写真は、2010年の誕生日に、めでたく猫耳が生えた記念に。


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【僕の空、ルシエール】横山正美
2009・幻冬舎より 224p・オールカラー

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10年以上の月日の中で撮った写真のなかから選んだ、美しい空の物語。窓辺から見上げた日常の空に、こんなにも美しい空があることを誰も知らないでしょう。日々の小さな囁きの言葉をそえて。



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