ピョンとララの花*花猫日記// 手話でララ君とお喋り、奮闘中!
--/--/-- (--) スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スポンサー広告 |


2014/03/21 (Fri) ずっとずっと、介護してきたけれど・・・

前にブログを書いたのが、2年ぶりと書いてあったけど、それからまた1年と3ヶ月・・・が経ち・・・
ずっとずっと姉の介護をやってきました。母も介護度2になり、一人で二人の面倒を看てきて、口で言い表せないほど大変な日々を過ごしてきました。もう5年目です。

(介護は,同じような介護を経験した人でない限り,その大変さは理解できないと思います。
まあそんなことはいいですね・・・・)

この2月と3月の間に,私は3回も倒れてお水も吐いてしまうような最悪な身体になってしまい、姉も母も私も全員つぶれそうな状態でした。
姉は、毎日、生活のすべてを看てあげなければ行けない状態で、介護用のエアーベッドに自分では何も動けない状態で寝ていました。でも、1日1回は、車いすに移動させ、座って食事をします。ベッドよりも、座った方が飲み込みしやすいので、ヘルパーさんが入ったときに、そうしていました。昔は小さな彼女の身体は簡単に抱くことができたのですが、今は腰も痛めて力がなくなってしまったので、なるべく力仕事はヘルパーさにお願いしています。
体位変換も食事も吸引も日に何回もしなくてはいけないほど悪い状態で。週に2回は摘便もしていました。・・・とにかく毎日,同じことの,同じ言葉の繰り返しで・・・。
姉はしゃべれる言葉もどんどん少なくなり、時々、思いがけない時に「うん」とかわいい声で返事をしてくれるだけになっていました。
この2ヶ月で,3回言ってくれたかしら・・・・。

・・・・

何年もの介護で、マーサの介護の腕は、ピカイチ!超超巧くなりました。吸引だって看護婦さんよりも巧いです。
でもいくら腕があがっても、体力は落ちていくばかりで、本当にやつれて身体には肉がついていません。(足だけは,あまり細くなってくれませんが、)私の身体は弱りきってしまい、自分も入院したいと思っていたほどです。そんな状態だったので,2月から保護入院を考え、色々病院を調べ、電話したり見に行ったりしていたのですが,なかなか彼女を看てくれる病院を探すのは大変で・・・。

大雪が降った日、私はまた倒れてしまい、辛くて私を救急車で運んでもらいたいと思ったほどです。・・・・姉と一緒に入院できればと思いましたが、あの日は救急車なんて呼べるような状況ではなかったし、・・・翌日も訪問看護婦さんに電話しても、雪で身動きが取れないと、最悪でした。もう考えるのも辛く、どうでもよくなって、ホント、彼女と一緒に死にたくなりました。
いままでに、何度も死にたくなりましたけどね。

姉は、いつも、私がぎりぎりの状態になりもうだめと悲鳴をあげると,それを知っているかのように様態が急に悪くなり入院してくれます。まあ私と姉の関係は、反比例なのですが・・・。

そして,3月3日に姉は救急搬送されました。姉よりも私の具合の方が悪かったのですが、、姉の呼吸がすごく弱くなり,無呼吸の時間が長く、私の体力が限界を超えていたので、そんな姉を私が看ることは不可能でした。
(保護入院で入院するのと、救急で入院するのとでは対応が違いますから、救急の方が安心できます。)
でも、今回はもう最後の入院になってしまいました。

救急搬送される前の晩、「今回入院したら、もう入院も最後だろうな・・・」と思いながら介護していたら、色々なことが頭の中をかけめぐり 涙があふれてきました・・・・。
すると亡くなった父が私の後ろにスッと立っているような気がして、私の頭を何度も撫でてくれ、「もう、いいよ。大丈夫だよ」と心の声が聞こえました。本当に、そう感じたのです。


今,姉は入院しています。
姉の最後は家で看取ると決めていたので、来週の火曜日に戻ってきます。
火曜日に決まる前は、先週の水曜日に決まっていたのですが、私が、入院中に2回も倒れてしまったことと、色々な問題があって退院が延びてしまいました。

今、我が家には,すでに酸素吸入の機械も入って,姉の帰りをむなしく待っています。

で、話は飛んでしまいますが・・・看取りと言うのは、その対処の仕方を決めるのがとても難しく、色々苦しい決断をせまられます。今日,入院先の先生とよく話をして、退院したら点滴も止めることを了承しました。延命治療はしないと決めていたのですが、点滴だけは退院してからも引き続きやってほしいとずっと思っていて、訪問医療の先生にもおねがいしたけど止めた方がいいと言われ、すごく悩んでいました。でも、今日友人から電話があって、看取りの先生の話を聞いて、考え方を変えました。

猫のユウちゃんの最後のとき、病院で一晩入院して点滴をして、翌日つれに帰った時、
それまで鳴く力もないほどに弱っていたユウちゃんが、病院を出て車に乗せるやいやな,ものすごい剣幕で鳴いて、「もう二度と病院に入れるな」と私に言って怒ったことを思いだしました。
そのあとユウちゃんは、陽が燦々とあたるおうちのソファーの上で静かな最後の時を数日過ごしました。
ユウちゃんの死は,本当に美しかったです。
ようこさんも、ユウちゃんと同じように、私ができる限りのことをしてあげて、静かに何も延命治療はしないで逝かせてあげようと、今日,決心がつきました。
ようこさんのベッドは、ユウちゃんが最後の時を過ごした時と同じ場所にあります。

昨日までは、家に戻ってきて私が看病をしたら,きっと、先生が言ったようにすぐになんか死なないと思っていましたが、点滴を止めたら死ぬまでの日にちが計算できます。

とても悩み苦しみましたが、そうすることにしました。

帰ってきたら、添い寝して,「子守唄」と,「ふるさと」の歌を、彼女の耳元でいつものように歌ってあげます。
不思議と,歌を歌ってあげると、彼女は安心するのか眠ります。

夜の真っ暗な部屋の中を私のか細い声の歌が漂よっているのは、それはその一瞬一瞬の時を、私とようこさんを繋いでいる、ようこさんがまだ生きている証だと思っていました。
介護用ベッドの端のわずか20センチ位のスペースに私は横になり、ようこさんにくっつき虫のようにへばりつき、彼女に手の重みが負担にならないようにぎゅっと抱きしめて、ようこさんの肌のぬくもりをしみじみと感じ、なんてやさしい暖かさなのかと、そのぬくもりを宝物のように大切に私の身体の中にしまい込みたいと・・・・添い寝するたびに思っていました。

いままで、本当に、できる限りの、やってあげられることのすべてを、ずっとやってきました。
ご飯も,いつもおいしいご飯を作ってあげました。
ミキサー食になってからも,色々工夫しておいしく作ってあげました。
もうこれ以上やってあげられることがないほどやってきたので、何も後悔することはありません。

おうちに戻ってきたら、精一杯の愛を込めて、残りの時を姉と過ごしたいと思っています。
姉の介護は,それはそれは本当に言葉に言い尽くせないほど大変でしたが、今は介護できたことを、とても幸せだったと思います。姉のことを、自分感じている以上に愛しているんだなと、きづきました。姉のおかげで、無償の愛というものを知りました。それは、たぶん、心がとてもきれいな人を,無垢な人を介護できたからだと思います。
でも,母の介護は,全く違います。
母の言葉に、頭がおかしくなりそうなほど,疲れてしまいます。
言葉を話す人間と言う生き物は、難しい生き物ですね。この話は止めましょう。

私は,まだ心身ともに回復できていませんが、今日その事を決めてから、心がどんどん静かになって行くのがわかりました。その静かになっていく心で、今までの自分を振り返ると、やっぱり疲れすぎていて心が壊れかかっていたのだと思います。姉以外のことでは,後半は本当に頭がおかしくなっていました。物もいっぱい壊しました。

今日決めたこと,今日の思いをわすれたくなかったので、ブログに書きました。
最近は、何でもすぐなくしてしまう私。ブログに書いておいたら,どこかに書いた物を失くしてしまうことはないので、安全でしょ・・・。

若年性認知症になるのではないかと,毎日不安に思っている今日この頃の私です。
文章を書くなんてことからずっと遠いところで生きていたので、物忘れはひどく、漢字も忘れ、言葉も忘れ、支離滅裂な文章かもしれないけど、直す気力も今はないので、誤字脱字、おかしなところは、お許しくだされ。このままアップします。

そうそう,猫のピョンちゃんとララクんは、元気です。特にピョンちゃんは、私をいつも心配して守ってくれています。

今日は寒い雨の日でした。もう,今日を過ぎて明日になってしまいました。今、3月21日、夜中の1時47分です。

ようこちゃん、大大大好き!愛しています。

ダウン症の姉 | comment(0) |


<<家での最後の看取り | TOP | 2013年、猫と薔薇の花のカレンダー>>

comment











管理人のみ閲覧OK


| TOP |

黒ねこ時計 くろック A01




お知らせ

8月12日発売の雑誌「猫びより」に、ララ君初登場。赤ちゃんからの半年をまとめて見ました。とっても可愛いので、ぜひご覧下さい。



カレンダー

06 | 2017/07 | 08
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -



猫たちのご紹介

ピョンちゃん
7f71p4b0-1.jpg
ピョンちゃんが、2006年8月の終わりに我が家に来たときは、生後二ヶ月で200gしかなかった栄養失調のガリ仔ちゃん。本名は、ツイギーシュール。

耳の聞こえないララ君
1.jpg
ママと一緒の大切な写真


我が家の仔になって12目のララ君
2.jpg


半猫人のマーサ

人間界では、写真家。お花が大好き。2006年に東京から猫のユウちゃんと逗子にお引っ越し、今に至る。写真は、2010年の誕生日に、めでたく猫耳が生えた記念に。


(C) 2009 Masami Yokoyama All Right Reserved  当サイトの全ての写真・掲載情報の無断転載を禁じます




カテゴリ




最新コメント



FC2カウンター



著書

【僕の空、ルシエール】横山正美
2009・幻冬舎より 224p・オールカラー

middle_1250520265.jpg

10年以上の月日の中で撮った写真のなかから選んだ、美しい空の物語。窓辺から見上げた日常の空に、こんなにも美しい空があることを誰も知らないでしょう。日々の小さな囁きの言葉をそえて。



リンク



メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



RSSリンクの表示

QRコード

QRコード

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。